以前コラムでご紹介した「人的資本経営における育成・研修体系の見直しの必要性」では人的資本経営における人材の育成、研修の現状と課題、解決策の方向性について整理させて頂きました。
今回は、人的資本経営における人材の評価、配置、処遇についてです。
自社の人材を評価し、配置して、処遇するという人材マネジメントのPDCAを展開していくために、各ステップの現状と課題について整理したいと思います。
先ず第1ステップの自社の人的資本である現状の「人材のスキル・能力の評価」についてです。この「人材のスキル・能力の評価」について、企業の現状の課題認識はどのような状況なのでしょうか。
株式会社リクルートが2021年に企業の人事担当者に実施した「人的資本経営を実践していく上での課題」のアンケート調査結果によると、「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化(54.5%)」が最大の課題認識であるとの回答が過半数を超えました。次に選択率が高かったのは「従業員の学び直し・スキルのアップデートへの投資(39.3%)」でした。(下図1参照)
この調査結果から、人的資本へ投資する以前に、そもそも企業が経営戦略を実現するための人材戦略のありたい姿、目指す姿に対して、現状の人材がもつスキルや能力等が十分に把握出来ておらず、それが原因でスキル等のギャップを埋めるための人材投資が出来ていないことが、本質的な課題であると読み解くことが出来ます。
企業が将来の経営戦略を実現するために、どのような知識やスキル、資質や経験を備えた人材がどの程度必要なのか、職務の人材要件定義や要員計画の策定を行う必要があります。
次に、第2ステップの、現状の人材資本(知識・技能・能力・資質等)の定性・定量データの蓄積と配置への活用についてです。このデータベースの構築と配置への活用は企業においてどの程度進んでいるのでしょうか。
2020年1月に経団連が会員企業1,412社に対して実施した人材育成に関するアンケート調査を公表しています。(下図2参照)それによると、社員の職務経験や能力を登録するデータベースがあると回答した企業は84.4%にのぼります。このうち、「経営層や人事部門のみで管理している」と「管理職など一部で共有している」との回答が大勢を占めており、「データを広く社内で活用している」との回答は4.3%のみでした。
この調査結果から、人材の能力や職務経験等を登録するデータベースは構築されており、人事部門は勿論、経営層や一部の管理職で活用されていると言えます。一方で、データが社内で広く活用されている訳ではないことから、例えば日々のOJT/Off-JTでの学びなどのデータは蓄積されていないことが伺えます。
人的資本活用に向けて、人材配置をより効果的にしていくために、蓄積された社員個々人の人材評価の情報量は本当に十分なのか、戦略的育成投資や配置に向けて習得すべきスキルのギャップが十分把握されているのか等、人的資本経営の実現に向けて蓄積データの質量や活用については、革新的に前進しているとは言えないのが、現状ということが読み取れます。
(図2)
最後に、第3ステップの、人材育成投資や育成に対する評価処遇への反映です。企業における人的資本投資や育成に対する処遇への反映について、企業での仕組みはどの程度導入されているのでしょうか。
こちらについても、2020年1月に経団連が会員企業1,412社に対して実施した人材育成に関するアンケート調査で公表しています。(下図3参照)それによると、社員の学ぶ姿勢や部下・後輩の育成を評価し、処遇に反映する仕組みがあるとの回答は56.3%となっています。また、「部下・後輩の育成」をより評価し、処遇に反映する仕組みがあるとの回答25.1%を合わせると、81.4%もの企業が何らかの形で社員自身の学習姿勢や上司の部下育成や先輩社員の後輩育成に対して、処遇に反映する仕組みが導入されていることがわかります。今後の方針についても、「学ぶ姿勢」と「育成」ともに処遇への反映を強めたいとの回答(49.0%)が最も多く、企業の取組み意欲が強いことがみてとれます。
このことから、現状の業務遂行に必要なスキルギャップを埋めていくための学ぶ姿勢や育成の評価・処遇への反映の仕組み化は進んでいると言えます。先ほど第1ステップの人的資本の現状把握のパートでもふれましたが、今後の経営戦略を実現するために将来必要となるスキル等の習得への育成についての評価や処遇への反映は、これからの課題であると考えられます。
(図3)
以上のように、自社の人材を評価、配置、処遇するという人材マネジメントのPDCAを展開していくための課題を考察してきました。
見えてきたこととしては、人材のスキルを把握する部分は道半ばであり、ツールは導入したものの真に革新的に人材データを配置に活用していくことはこれから。また、処遇についても、意思はあるものの、スキル把握や配置の本質的な変化が先に必要となる、というのが、日本企業がおかれている現状ということかと思います。
これまで、全五回にわたり、人的資本経営時代における人材マネジメントにおけるパラダイムシフトについて考察してきました。
かつてなく、人材というファクターが経営における重要性を持つこの時代において、事業戦略の実現に向けていかに人的資本を充実させられるかが、企業の浮沈を決めると言っても過言ではありません。
本コラムで考察してきた内容について、拙い内容であったかと存じますが、皆さんの人材マネジメントに向けた理解の一助になれば幸いです。
弊社では、本コラムで論じてきたような理論的・概念的な理解を基にしつつ、各企業における実務面でのサポートをさせて頂いております。特に、グローバルリーダーの育成に関わる、コンサルテーションから研修サービスまでご提供しておりますので、お気軽にお問い合わせください。